共感力の高さが引き起こす「悪感情への共感」というデメリットがきつい Nick思考ポエム その1

共感力というものをご存知だろうか。

明確な定義までは知る必要はないので、適当にググって出た記事を置いておく。

https://jwu-psychology.jp/column/post-7.html

この記事は「悪感情を共感してしまって悪感情が溜まっていって辛い」というほぼ愚痴記事である。

結局綺麗にまとまらなかったのでご注意。

悪感情へのシンクロ

知人や同僚から、仕事の愚痴を聞いたことはないだろうか。

それに対してどのような反応を取るだろうか。

「へ〜大変だな」

「それはこうした方がいいよ、こういった方法があって〜・・・」

「いや、それは大変すぎるな、わかるよ・・・」

などなど、フィクションで見たようなのも含めると返答には結構パターンみたいなのが挙げられる。

このときに聞いている側が辛くなっていくのは、主人公に寄り添い親身になる人だと思う。

そしてこれは、フィクションだけではなく現実にも起こる。

現実の現象

これは本当にシンプルな話で、具合が悪くなる。

例えば、この「社畜が異世界に飛ばされたと思ったらホワイト企業だった」という漫画。

この漫画はホワイト企業をベースとしていてスカッとするが、度々出てくるブラック企業の描写を見ると「ウッ」となる。

ここまで露骨なブラック企業はニュース程度でしか見たことないが、会社の都合を押し付けられるのは気持ちがいいものではない。

この漫画自体はそういったアクセントが噛み合っていて非常に面白い。

漫画ですら「ウッ」とくる描写があるにの、現実からの影響ったらない。

無理難題いってくる人、自分のことしか考えない人などなど・・・

自分が直接そういった人にやられることは本当に少なくなったが、知人からはまだまだ結構聞く。

本当に自己中心的な人は嫌いで合わなくて・・・「そんな会社辞めてしまえ!!そんな人はいずれやった行い帰ってくるから知らん!!」って気持ちにすぐなってしまう。

けれども、「そういった人」も「そういった人」として生まれてきてしまったわけで・・・

その人が悪いわけではない。自分に合わないだけ。

知識と感情が追いつかず、すごくぐるぐるしてしまう。

仮説として立てた対策

思いついたのは「割り切ること」。

だけどこれはうまくいかなかった。。。

他人のことであろうとも自分ごとのように感じてしまう力は、時として大きな力となる。

同じ会社のメンバーに寄り添い、お互いに助け合ったり協力し会えたりする。

この共感力の高さは制御できるものではないため、「割り切ろう」とすると良い部分も極端に制限してしまうこととなる。

そこまで難しいこと言わずとも、シンプルに根っこの部分を抑えようとするためかなり辛い。

今のところいい感じに働きそうだなと思っているのは「インプットを減らすこと」

身近な友人や同僚にはどんな話にも親身に対応し、喜怒哀楽を共感して楽しんでしまうことにする。

一方、SNSやニュースなどどうでもいいことは知識として捉える。または見ない。

こうして「そもそも共感の機会を減らす」

これは結構腹落ちしたいい案かもしれない・・・

終わりに

「なんか人から感情もらってるなぁ」で書いた記事だった。

いつの間にか発動しているので、向き合うのは難しかった・・・

こういうのが才能の片鱗になるのかもしれないけど、なんだかなーって感じ。

全然答え出なかったし、これからも苦しめられたり助けられたりすると思うけどのんびりやっていく。

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