生産性に取り憑かれた大人、人ごとに感じない モモ 感想

印象深かったシーンと感想

普段はあまりやらないけど、モモはところどころに「わかるー!!!」が多かったのでシーン感想。

そうすれば、あわれにもモモは完全にひとりきりになってしまいます。そうなったら、いくら時間があろうと、なんになるでしょう。

ミヒャエル・エンデ,大島 かおり. モモ (Japanese Edition) 11章

時間があろうと、ひとりきりであれば意味がなくなってしまうよというシーン。

結局は誰かと一緒に過ごしたりといった自分が本当にやりたいことのために時間を使わないと意味がないということが染みる。

モモは強制的に奪われていたが、自分はどうなのだろうか?と思ってしまう。

誰にも奪われてはいないが、なんだか自分のやりたいことに取り組めていない・・・

最近は改善できてきて、人と一緒にいる時間は取れてきている。

「時間を確保すること」が手段ではなく目的になっている・・・

「時間を確保して何をするか?」ではなく「いかに時間を確保するか?」になっている。

これでは、灰色の男たちの思うツボだろう。

遊びをきめるのは監督のおとなで、しかもその遊びときたら、なにか役にたつことをおぼえさせるためのものばかりです。

こうして子どもたちは、ほかのあることをわすれてゆきました。

ほかのあること、つまりそれは、たのしいと思うこと、むちゅうになること、夢見ることです。

ミヒャエル・エンデ,大島 かおり. モモ (Japanese Edition) 13章

このシーンは、子供たちが強制的に将来役に立つ遊びをされているシーンだけど、ウッとなった。

私自身が、最近役に立つような娯楽を選んでいたから・・・

自分に言い聞かせてセキュリティの調べごとや映画、ニュース読解をしようとしていた。

それらはつまらないわけじゃなく、やれば面白いんだけどどうしても疲れてしまう。

そう、「たのしいと思うこと、むちゅうになること、夢見ること」ではないんだよなぁ・・・

じゃあ、今それに該当するのは何?って言われると難しいものがある。

こういうところも灰色イズムに毒されているなぁと思う。

でも本読んでるのはシンプルに楽しいしワクワクする。

どこかで、生産性がないからと切り捨てたゲームを再開したいなぁ。

まえばかり見て、うしろをふりかえらないと

ミヒャエル・エンデ,大島 かおり. モモ (Japanese Edition) 18章

これはBUMPのダイヤモンドを思い出した。

なんだかんだ人生過ごしてきたけど、結局うしろを振り返るのは大事だという結論になった。

20代前半はパワフルというか、自己啓発書に汚染された塊というか、「やればできる!やろう!」みたいなやつだった。

その結果心が疲れてしまって病気になってしまったのだけれども・・・

そんなこんなを経て、前だけを見てるのは疲れてしまったのだ。

そういったポリシーになった後にモモを読んでいてこの言葉が出るとは驚いた(しかも章のタイトルときた)

自分は灰色の男に魅了されていないか?

読み終わってみて、率直に面白かった!

「ディストピアだなぁ」と思ってしまったが、その内容は「時間に追われている」というもの。

ふと、自分自身は大丈夫なのかと思ってしまう。

最後に以下のような文があった。

ゆったりとくらせるようになった

こう暮らすのがすべての人の理想だとしたら、今は理想ではないのでは?と思う。

先日に「YOUR TIME」を読んでも思ったが、効率化は社会発展には役立つが個人の幸せには役立っていない気がする・・・

エンタメとしても学びとしても面白い本だった。

最後に、シンプルですごく好きだった作中の言葉を一つ。

オソイホドハヤイ

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